nbaoffseason:

Barclays #blessed with a sky hook.

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nagonagu:

Washington regrets the Shinzo Abe it wished for
The US fears that Japan’s departure from postwar pacifism will provoke Beijing

あの記事にこんな絵が付いてたのか!

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The US fears that Japan’s departure from postwar pacifism will provoke Beijing

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9gag:

This is deep.

深い!?

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深い!?

これは美しい。

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firedfly:

へび もじ

あざやか

(Source: cloudyskiesandcatharsis)

firedfly:

あるき つかれて

みあげる そらは

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あるき つかれて

みあげる そらは

(Source: patagonia)

9gag:

Photo of a mirror, on an easel in the desert, that looks like a painting🌅

9gag:

Photo of a mirror, on an easel in the desert, that looks like a painting🌅

さて、今回の新垣氏の暴露についてである。これはもう、腑に落ちた。なるほど、あの音楽はそのようにして生まれたものだったのか、と納得がいった。これを知った上でなら、音楽を素直に聴ける気がしたのだ。なぜなら、少なくとも新垣氏は作品に嘘を混ぜていないとわかったから。「発注書」にある熱量を忠実に曲に盛り込もうとして、自らの持つ技術と能力を注ぎ込んであれを完成させたのだから。背後にあるより正しい情報を、「物語」を知ったからこそ、どのように工夫して書かれ、何が表現されているのか、よりよく理解しながら聴けると思った。

考えてみれば、あれらの音楽は現代に生まれた真の奇跡と言えるかもしれない。クラシック業界にある問題のひとつとして、能力のある作曲家は(多くの)演奏家が演奏したくなるような曲、聴衆が聴きたいような曲を書こうとしない、というのがある。そりゃそうなのだ。クラシックの作曲家というのは、少なくともオーケストラ楽器を用いた作曲については圧倒的な知識と技量を誇る。あらゆる技法を分析し自家薬籠中の物とできるような人が、過去の作品の焼き直し・パッチワークを作ることに甘んじて満足できるわけがない。感動的に盛り上げるための和声進行も知っている、恐怖を覚えさせるためのリズムも知っている、きらめきを感じさせるための管弦楽法も知っている。つまらない、つまらない。使い古された書法も聞き飽きた調性の世界もつまらない。面白いものを、自分だけの新しい音楽を書きたい。そういうわけだから、自分の作品として、あえて過去の語法に則ったスタイルの音楽を書く人間は、現代にはまずいない(そこからして胡散臭かったわけだ)。往年のクラシック作品みたいに聴いていて素直に心の動くような書法の音楽は、たとえば映画やアニメ、ゲームのBGMとして「発注」されない限り、なかなか生まれない。

新垣氏のような作曲技術に長けた人が自発的にあのようなタイプの作品を書くことは不可能だった。なぜロマン派~ペンデレツキ風、みたいな書法の制約を自ら課すのか、という問いに答えようがないからだ。自分はもっと面白いことができるはずなのに。しかし、発注書があれば話は別だ。なぜそんな制約を課すのかって? そういう発注だからだ! わかりやすい。書法のことを置いておいても、現代社会において80分の大交響曲が生まれるというのはまずありえない。交響曲に必要とされる精緻なスコアを書くための知性と、交響曲を書こうという誇大妄想的な動機がひとりの人間に同居するというのは相当に考え難い状態だからだ。

個人的には、こういうプロデューサーつきのスタイル、現代のクラシック業界の停滞を吹き飛ばすひとつの手段として広まっても良いんではないかとさえ思える。制約があってこそその枠内で創意工夫を凝らして良いものができることだってある。

佐村河内氏の誇大妄想的なアイディアを新垣氏が形にするという、この特異な状況下でしか生まれ得なかったあれら一連の楽曲とその魅力を、「全聾の作曲家が轟音の中で」云々よりよほど真実に近いだろうこの(小説より奇なる)物語とともに味わい、よりよく理解し、より正しく評価すること。それが、取りうる最も適切な態度ではないかと思う。

佐村河内氏の詐欺行為は断罪されるべきことだろう。しかし、週刊誌記事などを読む限り、「凄い曲を世の中に出してやろう」という強い意思だけは本物であったのだ、と感じられる。記者会見で新垣氏が述べた言葉が印象に残っている。その言葉だけで、この事件は悪いことばかりではなかったんだと思えた。彼はこう語っていた。

彼の情熱と私の情熱が、非常に共感しあえた時というのはあったと思っています。

ニコ動の「ピアニート公爵」として知られる若手クラシックピアニストの佐村河内事件への感想.他者からの「発注書」で制約されれば「現代のクラシック業界の停滞を吹き飛ばすひとつの手段」になりうるかもだそう.

現代のクラシック音楽は制約がなくなりすぎたんですね.そういえばジャズもフリージャズになってメチャクチャになり,勝手に自己崩壊していったよね.わざと制約を導入する.自分で導入できなければ,誰かに導入してもらう.確かにイノベーションを生むための一つの方法としてこれはかなり示唆的ですね.

森下唯オフィシャルサイト » より正しい物語を得た音楽はより幸せである ~佐村河内守(新垣隆)騒動について~

(via kashino)
taromatsumura:

Appleのウェブサイトに使われている歴代Macのイラストは、専用のフォントだったんですね。新型Mac Proとか、シンプルになりすぎて、単なる角丸長方形になっちゃってますが…。 (via Twitter / @gregbarbosa)
フォントのダウンロードはこちらから。

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Appleのウェブサイトに使われている歴代Macのイラストは、専用のフォントだったんですね。新型Mac Proとか、シンプルになりすぎて、単なる角丸長方形になっちゃってますが…。 (via Twitter / @gregbarbosa)

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9gag:

Canoeing in a crystal clear lake

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